前沢曲家集落

前沢曲家集落
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寒冷で雪深く、平地の少ない舘岩郷では、自然物採取や畑作農耕が中心で、冬期の麻糸、麻布製作、養蚕、屋根葺の出稼ぎ等が重要な副業であった。大正期には稲作技術や養蚕技術の改良により、畑が水田や桑畑に切り替えられた。前沢に残る桑の老木は、その名残を伝える。農耕と家畜の関係は密接で、前沢でも昭和40年代まで馬が飼われていた。前沢の集落は、北流する舘岩川西岸の緩斜面に立地し、西に山林を背負い、前沢入沢によって耕地整理された南部の畑地と区切られる。集落内では、舘岩川東岸を走る国道から川を渡って山間の鹿島神社に至る東西の古道と、近隣の集落を繋ぐ南北の古道が交わる。この辻を中心に家屋が立ち並び、その周囲を従来からの細かな地割の畑地が取り巻く。宅地や畑地は石積で造成され、また、西の山中の湧水が水路となって東西の古道沿いに流れ、水場が7ヶ所配されている。前沢の集落では、数度の火災や水害により家屋の位置が少しずつ変わってきたとされる。現在の集落は、明治40年の大火後、数年のうちに復興されてもので、焼失を免れたのは土蔵4棟である。主屋13棟の再建および2棟の新築は、田島、南郷、伊南及び新潟の大工棟梁13人のてによる。社寺建築については、鹿島神社本殿および薬師堂が再建されたものの無住であった前沢寺は廃寺となった。舘岩村では、昭和63年から前沢の茅葺主屋の屋根葺き替え等に経費補助を行っており、伝統的な建造物が周囲の景観とともに良好に維持されてきた